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いざ、鎌倉

歴史と文化が描くモザイク画のまちへ

源頼朝が鎌倉幕府を開いた年をかつては「いいくにつくろう」と覚えましたが、いまでは「いいはこつくろう」と、文治元(1185)年というのが一般的だそうです。この年は守護や地頭を全国に配置し支配体制を確立したときで、従来の建久3(1192)年は頼朝が征夷大将軍となり幕府体制が完成した年という見かたです。
それから約150年。足利尊氏らによって幕府が滅びる元弘3(1333)年まで、鎌倉は日本の政治の中心でした。鶴岡八幡宮と参道の若宮大路を中心に街がつくられ、たくさんの寺社が建立されました。その要となったのが臨済宗です。奈良や京都とは違った禅宗の寺が武家の都で広まりました。
鎌倉は三方を山に囲まれた天然の要害です。鎌倉に続く道は山を削りつくった切通を抜けて市街に通じました。
都が西に移ると鎌倉は次第に廃れていきます。しかし江戸時代半ば頃から江の島などとともに庶民の観光地として人気を博し、明治には海浜保養地として別荘やホテルなどが建てられます。文人も多く移り住み、独特の鎌倉文化が形成されます。まさに時代の変化とともにモザイクのように歴史と文化を紡いできた古都が鎌倉です。

鶴岡八幡宮
鶴岡八幡宮

鎌倉でまず参詣するのが鶴岡八幡宮だろう。初詣や春の鎌倉まつりに秋の例大祭と、一年を通じて参詣客が絶えない鎌倉のシンボル。
鶴岡八幡宮本宮前の大石段脇のイチョウには、3代将軍・源実朝暗殺事件の際に別当の公暁が身を隠したという伝承が。平成22(2010)年に倒壊したが、ひこばえから再生した。

若宮大路(段葛)
若宮大路(段葛)

段葛は頼朝が妻・政子の安産祈願のためにつくらせた八幡宮の参道。かつら石を置いて整備したことから「作道」、「置石」などと呼ばれていた。

荏柄天神社
荏柄天神社

荏柄天神社は学問の神・菅原道真を祀る。天平時代に記録が残る古い神社だが、幕府を開いた頼朝が鬼門の守護神として造営した。

鎌倉宮
鎌倉宮

明治天皇が護良親王を祭神として創建、土牢、宝物殿、護良親王の墓などがある。

御霊神社
御霊神社

後三年の役で活躍した鎌倉権五郎景政をまつっている神社。

小動神社
小動神社

源平の合戦に活躍した佐々木盛綱が、江の島弁財天への参詣の途中、その風光と松に感激して日頃信仰する近江国八王子宮を勧請したのが始まりだといわれる。

銭洗弁財天宇賀福神社
銭洗弁財天宇賀福神社

源氏山公園に向かう坂の途中にある銭洗弁財天宇賀福神社は、宇賀福神の夢のお告げで源頼朝が建てたと伝わる。湧水でお金を洗うと倍になるという伝承に、参詣客が絶えない。

鎌倉大仏
鎌倉大仏

高徳院本尊の国宝銅造阿弥陀如来坐像。像高約11.3m。ほぼ造立時の像容を保つ。『吾妻鏡』では建長4(1252)年に造立開始と記す。当初は金箔で覆われていた。

建長寺
建長寺

北条時頼によって建立された鎌倉五山第1位の巨福山建長寺。臨済宗建長寺派の大本山で、開山は蘭渓道隆。三門、仏殿、法堂、唐門は国の重要文化財になっている。境内も国の史跡に指定。国宝の梵鐘は時頼が寄進したもの。

円覚寺
円覚寺

鎌倉五山第2位の円覚寺は、無学祖元を開山とする臨済宗円覚寺派の大本山。広大な敷地内に黄梅院、仏日庵などの塔頭を持つ。舎利殿、洪鐘が国宝指定。

浄智寺
浄智寺

甘露の井といわれる井戸は鎌倉十井のひとつ。仏殿の三世仏各如来(阿弥陀、釈迦、弥勒)は過去、現在、未来を現わす。

浄妙寺
浄妙寺

鎌倉五山の第五位。 文治4(1188)年に鎌倉幕府の重臣、足利義兼により建立されたといわれています。当初は、極楽寺と呼ばれる寺院でしたが、義兼の子、義氏の時に臨済宗に改められ、後に寺名も浄妙寺に改名されました。

杉本寺
杉本寺

鎌倉でもっとも古く、坂東三十三観音霊場の第一番札所である杉本寺。幕府が開かれるよりも500年ほど前の奈良時代に行基が開いたと伝わる。

宝戒寺
宝戒寺

鎌倉時代、北条氏の執権館があった場所といわれる宝戒寺。秋になると満開の萩が観光客を迎える。北条一族はこの裏山にある東勝寺で滅亡した。

覚園寺
覚園寺

鎌倉北部の山深い場所に建つ覚園寺。自然環境が一体となり、中世の雰囲気を残す。本尊の木造薬師三尊坐像(国重文)を十二神将立像が守る。

浄光明寺
浄光明寺

阿弥陀三尊像(重文)、矢拾地蔵と綱引地蔵、冷泉為相の墓がある。

明王院
明王院

1235年(嘉禎元年)、鎌倉幕府四代将軍 藤原頼経が将軍の御願書として建立したお寺で、高い寺格を有した。

成就院寺
成就院

弘法大師が護摩を焚いたという場所へ、1219年(永久1)三代執権北条泰時が建立した。鎌倉三十三観音第21番。

英勝寺
英勝寺

日光東照宮を小さくしたような祠堂がある。梅、わびすけ(椿)、曼珠沙華の花が咲く。

光明寺
光明寺

大本山光明寺の創立は鎌倉時代、寛元元年(1243年)と伝えられ、開山は浄土宗第三祖良忠上人記主禅師。小堀遠州の作といわれる本堂左手の記主庭園には大賀一郎博士が発掘した千年前のハスの実といわれるものから育てられた紅バスが池一面に咲く。4月上旬、境内いっぱいに咲くサクラも見事。

明月院
明月院

室町時代、関東管領上杉憲方によって建てられた。梅雨期はあじさいの花で埋め尽くされる。

報国寺
報国寺

見事な庭、寺裏に竹林がある。竹寺ともいう。

東慶寺
東慶寺

江戸時代は縁切寺または駆け込み寺として有名。現在は花の寺として桜、花菖蒲、岩たばこ、あじさいなどの花で境内を彩ります。銅鐘、東慶寺蒔絵、水月観音などがある。

瑞泉寺
瑞泉寺

夢窓疎石が開いた瑞泉寺。夢窓の手になる本堂裏の庭は国の名勝にも指定。花の寺として有名で、四季折々の美しさを求めて観光客が訪れる。

本覚寺
本覚寺

刀鍛冶名匠正宗の墓がある。別名日朝様といわれ、眼病の仏様をお祀りしています。

妙本寺
妙本寺

比企一族の墓、日蓮像、新釈迦堂跡などがあり、境内に梅、海棠、シヤガ、山茶花などの花が咲く。

安国論寺
安国論寺

日蓮聖人が1253年(建長5年)に開山。地名に因み、松葉ヶ谷霊跡と称する。1260年(文応元年)に立正安国論を執筆し、寺名となる。市指定天然記念物の妙法桜、山茶花など四季折々花が美しい。

極楽寺
極楽寺

北条重時が正元元(1259)年に開いた極楽寺。(真言律宗)

長谷寺
長谷寺

日本有数の9m余という巨大な十一面観音菩薩像、境内に梵鐘がある。坂東33観音霊場第4番札所。

大町釈迦堂口遺跡
大町釈迦堂口遺跡

嘉禄元(1225)年に北条泰時が父義時の菩提を弔うため釈迦堂を建てたことから「釈迦堂ヶ谷」と呼ばれています。 岩場を切り崩して造られた切通しトンネルは、以前は名越方面への主要道路だったと言われています。
【現在は通行止め立ち入り禁止】

法華堂跡
法華堂跡

頼朝の墓である法華堂は、元は頼朝の持仏堂があった場所。宝治元(1247)年に起きた宝治合戦では北条氏に敗れた三浦半島の御家人・三浦一族がここで自害を遂げた。

永福寺跡
永福寺跡

奥州藤原氏を滅ぼした源頼朝が、合戦の戦死者の魂を供養するため建立した永福寺の跡。歴代将軍も参詣した美しい寺院は史跡として整備され、園池や建物の基壇が復元された。

朝比奈切通
朝比奈切通

鎌倉と六浦を結ぶ朝夷奈切通。

仮粧坂切通
仮粧坂切通

鎌倉の西にある仮粧坂切通。その名の由来は、化粧をした女たちの遊女宿があったからとも、平家の武将の首実検をしたからとも。藤沢、大船方面からいまの源氏山公園を経由して、鎌倉市街に至る戦略上の重要拠点。新田義貞の鎌倉攻めでも激戦の舞台となったところである。

大仏切通
大仏切通

藤沢と結ぶ大仏切通。

名越切通
名越切通

鎌倉七切通の一つ。鎌倉から三浦に通じる道として開かれ、鎌倉七切通しの中でも最も重要な軍事的拠点として重視されていました。

鎌倉文学館
鎌倉文学館

旧前田侯爵家別邸は鎌倉市に寄贈され、鎌倉ゆかりの文筆家を紹介する文学館になっている。美しいバラ園や広大な庭からの眺望も楽しめる。
(写真提供:鎌倉文学館)

川喜多映画記念館・旧川喜多邸別邸
川喜多映画記念館・旧川喜多邸別邸

鎌倉市川喜多映画記念館は川喜多長政・かしこ夫妻の旧宅だったところ。映画文化への夫妻の貢献を伝える(写真提供:鎌倉市川喜多映画記念館)

長谷子ども会館
長谷子ども会館

明治41年に福島浪蔵氏邸として建てられ、大正10年に諸戸清六氏の所有となり、昭和55年に鎌倉市に寄贈。 この建物は、明治期の住宅建築の貴重な遺構であり、造形意匠の密度においては、鎌倉のみならず、県内でも最高のものといえます。
【内部の見学はできません】

古我邸
古我邸

扇ヶ谷の閑静な住宅街に建つ古我邸。現在はレストランとして営業し、ウエディングパーティなどでも人気を集めている(写真提供:古我邸)

寸松堂
寸松堂

寺院建築と城郭建築が合体したような建物で、ショーウィンドーやガラスなどに近代洋風建築技術が取り入れられています。 長谷界隈のランドマークとなっています。

白日堂
白日堂

昭和15年に鎌倉彫の工房兼住宅として建築。 城郭風と寺院風を加味した建物で、貴重な遺構です。

三河屋本店
三河屋本店

明治33(1900)年創業の酒店・三河屋本店。建物は昭和2年に建てられたもので、品出しに使うトロッコを運ぶためのレールはいまも現役。

湯浅物産館
湯浅物産館

鎌倉市内には大正から昭和にかけて建てられた近代建築が点在する。湯浅物産館もその一つで、現在はカフェや土産物など、複数の店舗が営業する。

コラム
鎌倉彫

鎌倉仏師の技術が生んだ木彫漆器の伝統工芸です。

禅宗寺院を母胎に仏具や調度品として進化し、茶道の世界にも大きな影響を与えた鎌倉彫を代表する香合。いろいろな文様が伝わり、なかでも写真の倶利紋や牡丹紋が人気。

鎌倉彫会館の文化教室で伝統工芸に挑戦。大人向けだけでなくジュニア教室もある。若宮大路の鳥居を望む眺めのいい4階の教室で指導が受けられる。

鎌倉彫会館
覚園寺
瑞泉寺

鎌倉彫協同組合により建設された鎌倉彫会館。平成28(2016)年にリニューアルされ、1階にはカフェやショップが新設された。

カフェ倶利

鎌倉彫会館1階のカフェ倶利では、鎌倉彫の器でコーヒーがいただける(430円)。かつて鎌倉彫は文箱や手鏡などで利用されたが、その用途も広がっている。
ランチタイムに豆腐を主とした料理や自家製ハンバーグ、スイーツを提供。若宮大路沿いに建ち、散策のひと休みにちょうどいい。同じフロアにはショップも。

博古堂
博古堂

鶴岡八幡宮の三の鳥居脇にある鎌倉彫の老舗、博古堂。明治33(1900)年に創業。明治時代、仏像づくりが廃れる中、美術工房として復活させた鎌倉彫中興の祖が開いた店。仏師の技を継承し新たな彫刻表現にも挑戦する。

神霊教鎌倉錬成場(旧山本条太郎邸)
神霊教鎌倉錬成場(旧山本条太郎邸)

山本条太郎は三井物産出身の実業家。鎌倉の別荘は、大正7年に建築され、桑ケ谷の南面する約5千坪の土地の中の、山裾の一段高くなった場所に150坪の数寄屋建築の住宅を建てた。

別願寺
別願寺

4代目鎌倉公方(鎌倉府の長官)の足利持氏の供養塔と伝えられる石塔がある。

東勝寺跡
東勝寺跡

13世紀前半に鎌倉幕府3代執権の北条泰時が創建した寺院跡。元弘3(1333)年に北条一族がここに立て篭もり、裏手斜面にある「腹切やぐら」と呼ばれる洞窟辺りで自刃したと伝わる。鎌倉幕府滅亡の地であり、一族を供養する墓石も。

鎌倉国宝館
鎌倉国宝館

鎌倉に伝わる国宝を保管・展示している鎌倉国宝館。大正12(1923)年の関東大震災によって大きな被害を被ったのをきっかけに文化財保護の目的で設立された。

鎌倉歴史文化交流館
鎌倉歴史文化交流館

鎌倉の歴史文化を学び体験できる新しい博物館。古都の景観に調和する建物の設計者は著名建築家のノーマン・フォスター氏で、快適な空間だ。

源氏山公園
源氏山公園

源氏山公園に建つ頼朝像。鎌倉市街地の西北方向にある公園で周辺は桜の名所。近くに鎮座する葛原岡神社は、倒幕の志半ばで倒れた公卿・日野俊基を祀る。

稲村ケ崎公園
稲村ケ崎公園

元弘3(1333)年、新田義貞が鎌倉を攻めた際、海に太刀を投げ入れたところ潮が引き一気に攻め入ったという伝説が残る稲村ヶ崎。いまは公園として整備され、入口には「稲村ヶ崎新田義貞徒渉伝説地」の石碑も。富士山や江の島を眺める絶景スポットとして知られ「かながわの景勝50選」にも指定されている。

小町通り
小町通り

鳥居型のゲートから約360mの区間に土産物店や飲食店が軒を連ねる鎌倉一の繁華街。元はローカルな商店街だったが次第に観光客相手の店が増え、いまや鎌倉名所の一つ。おしゃれなカフェも多く、鎌倉散策の行き帰りに一服できる。

豊島屋本店
豊島屋 本店

鎌倉名物の鳩サブレーをつくる豊島屋は明治27(1894)年創業。当時鎌倉にあった海濱院に滞在していた外国人からもらったビスケットを参考に、横浜の異人館でバターを手に入れ、試作を重ね完成した。

きものレンタル都
きものレンタル都

着付けやヘアーセット、草履や小物まで貸してくれる着物レンタル店。

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